井乃頭の由来

井乃頭の由来

大正4年、それまで箕輪町(伊那市のとなり、上伊那郡箕輪町)の造り酒屋で番頭をしておりました漆戸周平(創業者)は、現在の伊那市伊那部宿にある「いさわ」という休業中の酒屋の店舗を借り受け、「漆戸酒造店」を開業しました。

店舗借り受けの契約期間は10年、生産量は百石からのスタートでありました。

大正4年大正5年酒類製造帳当時の酒屋は、平均して店独自の方法によって作られる、所謂「造り酒屋」で、漆戸酒造店もその例にもれず、米の仕入れから販売まで全てを賄っていました。

さらに、日常の食生活には欠かせない味噌や醤油の製造・販売もしておりました。

漆戸酒造店で売られていた酒は、店舗の貸し主である「いさわ」で販売されていた酒の名をそのまま受け継ぎ、「花の友」と付けられていました。 しかし、大正10年、別の酒造会社がこの名を使っていることがわかり、漆戸周平は名称変更を決意しました。

「酒に欠かせないものに、上質の米と、同じく汚れのない水が必要。それならば、そのどちらかに因んだ名をつけなければ・・・」 漆戸周平は考え、徳川300年のご用水でもある東京の井の頭公園の名水に因んで、「井乃頭」と命名しました。

また、「井乃頭」には<最上の水>・<よい水の湧くところ>を表す、“井戸の頭”という意味もあります。

こうして大正10年(1921年)5月27日、正式に商標登録をし、「井乃頭」の歴史がスタートしました。